愛する人を追うための戦場と、愛された人の信念を受け継ぐための戦場。
それは、幸か不幸か、偶然にも一致した。
唯一不幸だったのは、2人が敵同士になって一致したことだが。
まだ秋の余韻が残る冬の日。魔王軍残党と討伐軍がただただ草が辺りに生い茂る草原で、夜が明けるまで両軍は睨み合った。
討伐軍といっても、ほぼ全員、正規兵ではなく傭兵であり、マゼンダもその中の一人である。
対する魔王軍残党も、城から逃げてきた兵は残り少なく、傭兵でほとんどを固めていた。
そして、夜が明けたとき、
シュッ!
討伐軍が一斉に放った矢の風を切る音を合図に、両軍は戦闘を開始した。
飛び交う、炎、隕石、弓、投げ槍。ぶつかり合う剣、斧。
断末魔の叫びと鮮血が飛び交う中、クロウは目の前の敵を容赦なく剣で切りつけていた。
すでに彼の鎧は、他人の血液と、脳漿で元の色を失っている。
だが、彼はそんな自分の姿などかまわず、他人を斬った。
そう半分トランス状態になりながらも、思いはただひとつであった。
すべての恐怖、憎しみから逃れ、乗り越えるには、自分が恐怖となり、憎しみになる。
もしも、これが魔王、いや、彼女の願いにつながるのなら、これが彼女への手向けである・・・・・
ただ・・・・ただ、恐怖を乗り越え、彼女の意思を引き継ぐために、クロウは目の前の敵に剣を振った。
「地獄の業火よ!!我が進む道を阻害するものを焼き払え!!」
さまざまな傭兵、残党の思いがある中、マゼンダもまた、思いはひとつであった。
愛することができなかった私が、ささやかに、それでも真剣に愛した人。
すれ違いながらも、それに答えてくれたあの人。
傭兵となって、私を置いていったあの人に会って、本当の気持ちを伝える。
手がかりなんて、あるわけないけど、ここで会えるならば・・・・・・
彼女は、銀髪で、緋色のマントをした「あの人」を探すために、彼女は炎の書を広げ、業火で魔物たちを焼き尽くした。
開始からどのくらいたったのだろう。
日はやや傾き、両軍は半数が死に絶えながらも、いまだに戦線は膠着状態になっていた。
「マゼン・・・・ダ・・・・?」
「クロウ・・・・・」
それはまた、何千万分の一の確立でしかない、奇跡。
立場と、思いを違えた1組の恋人たちが、目を合わせた。
その目は、ここで会えた驚きと、敵同士として会った悲しみで、潤んでいた。
「なんで・・・・なんでお前がここにいるんだぁっ!!」
それでも、敵として戦わなければならない2人。
クロウは、マゼンダへの思いと、自分を支配してきた思いの狭間のなか、彼女に剣を振う。
「・・・・くっ・・・」
クロウが振るった剣に対して結界を張って、どうにかしのぎながらマゼンダは思う。
傭兵というのはこういうものなのだろうか。
愛する人が目の前にいながらも、敵ならば焼き払わねばならぬのだろうか。
そうだ、傭兵とはそういうものだ。
そんな基本的なことは分かりきっていた。
でも、でも、と分かりきった事と、クロウに対する想いで、思わず唇を噛み締める。
「あなたにだけは・・・・マゼンダッ・・・・」
恐怖と、憎しみを乗り越えるならば、自らが恐怖になり、憎しみにならなければならない。
誰に対しても同じであった。この思いは。
それでも、ささやかで、すれ違いながらも真剣に愛してくれた人であるマゼンダには振るいたくない思いはあった。
でも、いま敵としてマゼンダは俺の前に立ちはだかっている。
クロウは振った。がむしゃらに剣を振った。
心臓目掛けて剣を突こうとするも、狭間にゆれる心が腕に連動して、切っ先が思い通りに当たらない。
そのまま、剣を振るった勢いでそのままクロウはマゼンダと密着した。
シュッ!

「か・・・・はっ・・・・・・・」
密着したそのときであった。
どこの兵隊が放ったか分からない矢が、クロウの胸を貫通したのである。
「えっ・・・・・」
当然、クロウの胸を貫通した矢の聖は、クロウと密着していたマゼンダの胸にも深々と刺さった。
ドサッ・・・・・
その衝撃で2人は、血で染まった草むらに倒れこんだ。
心臓に貫かれて、クロウは初めて自分の死を悟った。
だんだんと胸が苦しくなり、目が徐々に霞んでいく中、クロウはどうしても、マゼンダに伝えたいことがあった。
口から溢れる血を吐きながら、クロウは自分と同じ状態になっているマゼンダを見る。
「何で・・・・何で傭兵に・・・・・なった・・・んだよ・・・・」
生きている兵士の怒声、武器同士がぶつかりあう音、矢と投げやりが風を切る音。
すべての外からの音を忘れ、まるでここが戦場であることを忘れたように、クロウはマゼンダに話しかける。
「だって・・・・だって・・・・あなたのことが・・・・好きだったから。大・・・・好きだったから・・・・・」
マゼンダが、目にこぼれるほど一杯に涙を溜め込んで、言った。
自分が真剣に愛し、自分を愛してくれたクロウ。
言わずに自分の元から去っていったクロウ。
私が彼に何もしなかったから?
私が彼に本当の気持ちを伝えなかったから?
追わずにいられなくて、自ら志願して傭兵になった。
そんな自分を思い出し、どんどん涙が溢れてくる。
「・・・・すまない・・・・本当に」
恐怖になり、憎しみになる。
彼女の想いを悟ったとき、その誓いは、どこかに消えていた。
このあふれるほどの愛には、勝てなかった、といったらかっこ悪いが、まさにそのとおりであった。
マゼンダに対する想いと、捨てたことの罪悪感。
死に際のクロウは、ただそれだけに突き動かされていた。
「やっと・・・・やっと・・・・ふた・・り・・・に・・・なれ・・・たね・・・」
マゼンダが、そういって、刺さっている矢のことを気にせず、残りわずかな力でクロウを抱きしめる。
傭兵として新しく進んだマゼンダの結末は、死。
しかし、マゼンダは、初めて愛した人と逝けることを、寧ろ誇りにすら思っていた。
再び一緒になれた喜びを胸に抱きながら、マゼンダの目は霞んでいく。
「そう、だな・・・・・・」
クロウも、そんなマゼンダを強く、抱きしめ返した。
死に際で目が霞み、マゼンダの顔がどんどんぶれて行く。
気づいたら、クロウは涙を流していた。
よくよく考えれば、恐怖なんていらなかったのかもしれない。
すべてを包み込むやさしさがあれば、それでよかったのかもしれない。
マゼンダを抱きしめ、ぬくもりを感じた瞬間、そう思わずにいられなかった
そんな後悔と、死ぬ間際に一緒になれた喜びが混ざって、無意識に涙が頬に伝った。
それが、クロウの最後の感覚だった。
2人は、血塗られた草原の上で、周りの喧騒を忘れ、それぞれの涙を見ることはなく
静かに、逝った。
彼らが逝った瞬間、それぞれの兵士たちが撤退し始めたが、彼らにはもはや関係なかった。
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後書き
戯曲、懺悔に続いてのシリアスシリーズ、これで完結です。
読んだ人は分かりますが戯曲はマゼンダの思いが、懺悔はクロウの思いが、そして想いの結末ではそれが交差するようにしています。
もともと言えば結構描写をいい具合に書こうと四苦八苦したのですが・・・・
やっぱりストーリーが先を走っちゃったかな・・・・
それでも、シリアスを久しぶりにかけて楽しかったです(ぁ
追記
挿絵はあやめ様よりいただきました。
すばらしい挿絵をありがとうございます!!