「そうか、今日はバレンタインか・・・」
雪の降る夜である。
ソファーに座り、壁にかけたカレンダーを見ながら、クロウはつぶやく。
テーブルには、クロウと、彼のガールフレンド、マゼンダが花火をバックに写った写真が飾られている。

2月14日。
そう、世間ではセント、バレンタインディ。
そしてクロウのガールフレンドであった、マゼンダの命日。
彼女は飲酒運転中の車にはねられて、死んだ。
そして、彼女が死んで1年が過ぎたのだ



クロウはカレンダーと、窓を見て思う。
あのときも、今日みたいに雪がしんしんと降る夜だった。





「寒いわね〜」
白い息を吐きながら、マゼンダが呟く。
今日はバレンタイン・ディ。
クロウとマゼンダは夕食を外で食べ、帰宅の途についていた。
雪のことを考えていなかくて普段の靴を履いため、靴底から雪の冷たさが伝わる。

「急ごう、寒い・・・・」
クロウがそういって、早足になる。
コートを着ているのに、ここまで寒いなんて、
クロウがそう思って歯を震わしている傍ら、マゼンダは寒い状況でも、持ち前の元気さは変わらない。
馬鹿に元気だな、と思って仕方がないが、その元気さによって、何度癒され、笑い、元気が出たか。
思わずその姿に、クロウは寒い中微笑んだ。

この姿だけは変わらないのだろう。
そして、彼女がいる限り、俺はずっと微笑んでいられるのだろう。


「家に帰ったらクロウにとっておきのプレゼントがあるから、早く行こうよ!!」
そういって、彼女は青信号の横断歩道を駆け足で渡る。
この横断歩道を渡れば、もう住んでいるアパートだ。
マゼンダも行っちゃったし、俺も急ごう。
家についてからの幸せな時間を頭に浮かばせ、横断歩道を歩く。





キキーッ!!
ドォン!!







「・・・・・マゼンダァッ!!!」
しかし、思い描いていた幸せな時間は、2つの大きな音によって、砕け散った。
信号無視で走っていたトラックと、マゼンダがぶつかったのだ。
クロウは急いで飛ばされたマゼンダの元に駆け寄る。

「マゼンダッ・・・・おいっ・・・・マゼンダ!!」
クロウがマゼンダを抱きかかえたとき、すでにマゼンダの意識はなかった。
クロウが語気をどんなに強めても、反応しない。
クロウは必死になって揺さぶった。
気絶しているだけだ、気絶しているだけだ、
そう自分に言い聞かせ、必死に揺さぶり、彼女の鼓膜に直接響くほどの大声を出した。

それでも、彼女は人形のように、動かなかった。



幸い、近所の人が事故の一部始終をみていたため、すぐに救急車がやってきて病院に搬送された。
それでも彼女の打ち所が悪く、後頭部に直撃したため、意識が戻る気配は一向になかった。


「・・・・ご臨終です」
午後11時ごろ、事故から何時間たったのだろうか。
クロウや、後から駆けつけたマゼンダの身内が動かずにベットで仰向けになっているマゼンダを見守る中で、
医者は死亡宣告をした。

「・・・・マゼンダァ!!」
泣き叫び、彼女をを揺するマゼンダの両親。
その中で、クロウは呆然としていた。

うそだろ。
数時間前まであんなに元気で、笑っていたマゼンダが、こんなところで死ぬはずないだろ・・・?

あんなに笑っていて、底抜けに垢抜けていたマゼンダが、

いま、屍となってしまったのか?

嘘だろう?
嘘に決まっているだろう?

体のあらゆるところに力が入る。
信じられなかった。
いや、信じたくなかった。

そのとき、涙は出なかった。
無論、彼女の葬式のときにも、だ。






「速いな・・・・・」
アレから全ての時間が止まったように思えたクロウ。
そんなクロウにも等しく時間は過ぎていく。
そんな時間の平等さに、クロウは無性に不条理さを感じ、ため息をつく。


やってられなかった。
寂しさを紛らわすために、クロウは冷蔵庫から酒を取り出す。
彼女が死んでから、酒代は2倍近くに膨らんだ。
安くて、粗悪で、不味い酒をひたすら飲む。
寂しさ、やってられなさを紛らわし、晴らすためには、それ以外思いつかなかった。

しかし、どんなに飲んでも、晴らすことはできなかった。
染み付いていたのだ、寂しさや、やってられなさは。
染み付いたそれらは、酒をどんなに呷っても取れることはなかった。

それでも飲んだ。分かっていながらも、呷った。
まるで花瓶を割った子供が、欠片を集めて素組みしているような感じで、ひたすら呷った。


「・・・・ん?」
しかし、今日のクロウは酒よりもまず、目にとまったものがあった。
小さな箱である。
なんだろうと思って取り出すと、冷気のにおいが染み付いていた。
自分はこんなもの入れた記憶がないから、相当前にマゼンダが冷蔵庫に入れたものだな、と悟る。

その箱は、ピンク色の包装紙で包まれていて、蝶結びをしたリボンが貼り付けられていた。
そのリボンには、「For you.....」と書かれている。

「・・・・まさか」
クロウが衝動で包装紙をはがす。

はがす理由は、その2つの単語だけで十分だった。

包装紙をはがして、箱の中を開けると、大きい板状のチョコだった。
チョコには、デコレーション専用のペンで、「From Your Valentine Magenda  2008 2/14」と書かれていた。


何も、いうことはできなかった。
クロウが想定していたショックよりも、遥かに大きすぎた。


「バカヤロウ・・・・年間違ってるよ・・・・2009年だよ・・・・」
詰まった喉で言うことができた言葉は、それだけだった。
どんなに時間を突っ込んでも、突っ込みきれなかった。
チョコにこもっているマゼンダの存在感が圧倒的に多すぎて、何を言っても駄目だった。

そんな言葉より先に、こみ上げてくるものがあった。
それを必死に止めようと、全身を力ませる。


けれども、拳に青筋が浮かび上がるほど力ませても、こみ上げてきたものをとめることはできなかった。

「うっ・・・・マゼ・・・ンダ・・・・」
嗚咽が漏れる。
その冷気の匂いが漂うチョコは、クロウが住んでいる世界とは遥か遠くにいるマゼンダからのバレンタインチョコだった。
そのチョコは、彼女が自分とは限りなく遠く離れた世界にいる、ということを認識させるのに十分すぎた。



「マゼンダぁっ・・・・・・・・」
我慢できずに、声をあげて泣いた。
生きるものは必ず死ぬ。
そんな自然の定理など、知っていた。

それでも、彼女が死ぬのはいくらなんでも早すぎた。


なぜ彼女は死んだのか


なぜ自分は生きているのか




その疑問は、クロウの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
その疑問に、クロウはなんら答えを導き出すことは、できなかった。
ただ涙を流すしか、クロウはできなかった。




遥か遠くからのチョコレート。
ほんのり甘くて、苦くて、切なくて、
そして、涙の味がした。



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Tenmillion Valentine`s Anthologyで零八が送るバレンタインストーリー。
第二弾はクロマゼ。シリアスで切ないSSです。
書いている途中で、クロウに感情移入しちゃって泣きそうになりました。

自分としては、切なくて、泣けるようなSSを目標にしていたのですが・・・・どうでしょうか

描写が甘くなるところがあったり、締めが甘かったりはいつもの癖ですね。

それでは、他のSSもお楽しみください

 

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