「ガーゴ!!ガーゴはいるか!?」
城に響く魔王の声。
仮眠を取っていたガーゴはこの魔王の声にちょっとうんざりしていた。
こんな夜にいったい何なんだ、と本気で思う。
ブロントたちの魔王討伐隊が刻々とこの城に近づいている。
そんな中、やっと防衛線も完成し、ようやく少しの間休息が取れるにもかかわらず、である。
ガーゴは舌打ちをすると、魔王のいるところへ向かった。
「はい、何用にございましょうか。」
ガーゴは少しぶっきらぼうに答えた。
何日寝ていないんだ、と考えるとさすがにストレスが露になる。
ただ、鈍感なのかは知らないが魔王にはあんまりガーゴの思いは伝わらなかったらしい。
魔王は続けた。
「サンタクロースをしてみたい」
「・・・・・は?」
思わずガーゴが唖然とする
あまりの唐突さにさすがのガーゴもこれには突っ込むことができなかった。
何いってんだ、このベール野郎、位しか思えなかった。
「だーかーらー、サンタクロースをやってみようと思うのだ」
連日の部下の死亡のニュースにとうとう頭がイカレてしまったのだろうか。
それとも、ただ単にコスプレでもしたいのだろうか。
ガーゴは、あまりのあほらしさに、つい考え込んでしまった。
とりあえず、無難な答えを出しておこう。
少し返答に考えた後、こういう結論に至った。
「し、しかし、魔王様がこんなことをなされても・・・」
「・・・・ふ、浅はかだな、ガーゴ」
魔王はガーゴを鼻で笑い、続けた。
「いか、クリスマスにクリスマスプレゼントを貰ったものはその日浮かれる。」
魔王が力説する。
なるほど、心理戦に持ち込むか。
いや、それならいっそのこと小包爆弾で・・・・とガーゴはいろいろな策が思いついた。
「つまりそのときにあの憎きブロント軍を叩けば良いのだ!!」
なるほど、とガーゴは思う。
油断しているときに、というやつである。
しかも魔力の強い魔王なら魔力を発動しれば一発でやつらを仕留める事ができる。
これはそれなりにいい方法だ、とガーゴは思った。
「さすが魔王様!、見事な戦略。」
ガーゴはそれなりに感心した。
うまくいけば一気に彼らを叩ける、そう思えてきたからだ。
「うむ、ではいくぞ、これをつけてな。」
そういって魔王はガーゴにトナカイ変身セットなるものを渡す。
ガーゴは角をつけ、鼻を赤くカモフラージュして鏡で見た。
さすがに変すぎる。
小さいころ、ほんでトナカイを見たが、顔は茶色かった。
しかし、ガーゴイルはもともと色は黒を基調とした藍色なので似るはずもない。
一方魔王のほうもひげをつけ、赤い帽子をかぶり、赤い衣装をまとってなんとか「サンタ」という感じにはなっている。
しかし、もともと顔が蒼白のためか、どう見ても「末期の老人」にしか見えない。
これに関しては、思わずガーゴは笑いを噛み殺した。
こんな有様をみて、ガーゴはこの作戦が成功するかどうかものすごく不安になった。
シャンシャンシャン
ガーゴがセットに入っていた鈴で人間にとって心地いい(らしい)音を鳴らし、夜空を駆ける。
雪原あたりを走っていたら案外簡単に人が入ってそうなテント群が見つかった。
昨日、ホワイトスノー隊の隊長で、魔王軍の鉄砲玉と称された銀狼がブロント率いる討伐軍に討たれた。
そんな情報があった為、ここあたり、とガーゴが推測したら予想通り、であった。
「魔王様、討伐軍のテントらしきものが。」
ガーゴはしめた、と思い、後ろでふよふよ飛んでいる魔王に報告する。
「うむ、でかしたぞ。早速乗り込もう」
魔王がそう指示した後、ガーゴと魔王は地上に降りた。
降りたところにちょうど小さいテントがあった。
魔王はちょっと身なりを整えたあと、テントの出入り口を開けた。
「ここは魔王様が『小さくて可愛いよハァハァ』といって拉致した妖精のティンクのテントっぽいですね」
このロリコンめ、とおもいつつガーゴは言った。
どうせ拉致していろいろやって専属の娼婦にしようとするのだろう。
そもそもこんなチビになにができるのか。
魔王様が拉致したとき、ガーゴは何度そう思ったことか。
「おぉ、あの妖精か」
いつも暗いはずの魔王の眼が光る。
この魔王の有様に、ガーゴはため息をつくしかない。
「くーくー・・・・」
ティンクという小さな妖精は無防備である。
体を大の字にし、口元から涎が垂れている。
まぁいくら討伐軍のメンバーとはいえ、中身は子供。
それをティンクは完全に証明していた。
「こんなに無防備なら、もう一回拉致して再度調ky」
「め〜て〜お〜」
ドゴン。
ガタガタガタ
魔王がそう呟いている途中でテント付近に何かが落ち、地響きがした。
ガーゴは「バレた!?」と思い、思わずテントの外を見た。
ガーゴが外を見たところで、何もなかった。
あるのは満天の夜空と、地面に突き刺さったバスケットボール大ほどの隕石。
「・・・・寝言?」
魔王は少し肩を震わせ、ガーゴにそう聞いた。
ティンクは今、「メテオ」と確かに言った。
寝言とはいえ、確かに言った。
何も予兆無しに、隕石なんて落ちるはずがない。
「・・・・・みたいですね。」
ガーゴはこの妖精に初めて恐怖した。
寝言で隕石を降らせるやつがこの世の中にいるのか。
そもそも寝言で魔力が生まれるものか。
外の隕石を見ながら、少し、ガーゴは呆然としていた。
「まったく、恐ろしくなったものだ・・・・どれどれ、願い事は・・・・?」
魔王はそう呟き、近くにある紙を見る。
サンタさんえ
最強のあたいみたいな小さいペットがほしいです。
テインク
「健気な願いだねぇ、ガーゴ、小さなスライムを。」
誤字ばっかの手紙を見つつ魔王は呆然としているガーゴに指示を出す。
「・・・・あ、はい、分かりました」
先ほどの恐怖感に浸りながら、ガーゴは小さいスライムを練成する。
魔王は魔王で、ティンクの寝顔をまじまじと見ている。
「うーん、可愛い寝顔だなぁ・・・・このまま拉致しちゃおうk」
「めてお〜」
ドゴン。
ガタガタガタ
魔王が呟いた瞬間、また地響きがした。
ガーゴはもう恐怖感を抑えることができなかった。
ガーゴはどうにか平静を装い、声を震わせて言った。
「魔王様、もう出ましょう。ここは危険です。」
言いながらも、ガーゴは怖くてたまらなかった。
こんなのを相手するんじゃなかった。
そうさえ思えてきた。
「・・・・・そうだな。」
魔王もさすがに恐怖したのか、このガーゴの発言に了承し、テントを出ることにした。
「はー」
魔王は大きく息をついた。
今にもメテオが降ってきそうでものすごく怖い。
隣にいるガーゴは猫に追い詰められた鼠のようにぶるぶると震えている。
「次、行こうか」
「はい」
短い会話を交わす。
2人とも「次は大変なことが起こりませんように」と願いつつ、次のテントに向かった。
向かったテントの中は凄かった。
小さいながらも祭壇があり、賛美歌が流れてくる。
「あぁ、ここはテミという僧侶の部屋か。」
魔王があたりを見回して言った。
テミは討伐軍の中でも物凄く信仰に篤いことで敵味方に知られている。
確かに、信仰の篤さもこのテントの中だけでも証明が可能だ。
「凄いですね。祭壇とか。」
ガーゴは少しため息をついた。
僧侶とはいえさすがにここまで信仰が篤いとなると思わず感心してしまう。
そうガーゴがため息をついているとテミという女の僧侶は気配を察知したのか、起きた。
「う〜ん、・・・あ、その白いひげはサンタさんじゃないですか!」
テミは目を輝かせて言った。
おそらくサンタはいつの間にかきている、と思い込んでいるのだろう。
ガーゴはテミの反応をそう分析した。
初めて会うのだから無理はない。
うんうん、と予想通りの反応で魔王は満足した。
「いかにも、私がサンタクロースだ。願いは何かね?」
魔王がそういうと、テミはパァッと目を輝かせた。
魔王にとってその目の輝きは、子供のように純粋な輝きに見えた。
ガーゴも同様に見え、これはうまくいったかと思えた。
「私の入ってる宗教に入っていただけませんか?」
・・・
ああ
テミのその言葉を聞いたとき、魔王とガーゴは凍りついた。
そうだった。コイツは僧侶だった。
絶対宗教関連で話題を出してくる。
しかも信仰の篤いテミなら尚更である。
ガーゴはいまさらになって激しく後悔した。
「いや、さすがに魔・・・コホン、サンタが宗教に入るのはどうかと・・・」
ガーゴはしどろもどろになり、反論するときも魔王の名前を言いかけた。
「な、長くなるから私はこれで・・・・」
魔王もさすがに嫌な予感がした。
配下のガーゴを捨てようとしながらも、なんとかテントの外に脱出を試みる。
冗談じゃない、ここでバレれば元も子もない。
つーか、宗教なんてやってられん。
ガーゴがテミに反論している間、魔王はそう思いつつ、テミに背を向けて逃げようとする。
「逃がしませんよ〜。大丈夫です、私の話を聞き、歌を歌えば入りたくなります。」
テミはそんな魔王を逃すことなく、むんずと魔王の肩を掴んだ。
掴まれた魔王はその力に仰天した。
振り切ろうとしても力が強すぎて何もできないのである。
これが神に従う僧侶の力なのか。
ただでさえ青白い魔王の顔がさらに青くなった。
「では皆さんご一緒に♪僕らはみ〜んな生きている〜」
テミは魔王とガーゴを黙って座らせた。
もちろん2人に抵抗、という手段などこの僧侶の前では無かった。
その後、2時間以上たってようやく2人はテミのテントを出ることができたのであった・・・・・
「まさか・・・ひとつの部屋に二時間も居座ることになるとは・・・」
説法を聞かされ、油を絞ったあとの菜種のようにぼろぼろになった魔王がそう呟いた。
目は明らかに疲れた目をし、服はヨレヨレになっている。
プレゼントが入っている袋が重くなっている感じがした。
もはや「サンタ」というより死出の旅に向かう死者と表現したほうが正しかった。
「アレだけ居て気付かれないのはある意味奇跡ですね」
結局2人はぱっと見「サンタとトナカイ」である。
だからよく見ればサンタは青白い顔をしているし、トナカイは肌の色が違う。
つまりあそこでバレて、その場で討伐軍で討ち取られる、という可能性の方が高かったのだ。
そう考えれば2時間つかまって正体がバレなかったのは奇跡であった。
説法を聞いたことによりテミが信仰している神様が2人に奇跡を授けたのかもしれない。
ガーゴは魔王同様、疲れた目をしながらそう考えた。
「さて、気を取り直してこの部屋は・・・クッキーがおいてあるな」
そういって魔王は重い足を引き摺りながら、次のテントに向かった。
このテントには入り口の前にクッキーがおいてあった。
そのクッキーはアーモンドの香りがして、誰から見てもおいしそうであった。
「杏仁酥(シンレンスウ)、中華風クッキーですね。なんか手紙が置いてありますよ。」
なんでそんなことを知ってんだよガーゴイルの分際で・・・・と魔王は思った。
そんな魔王をスルーするようにガーゴは手紙を見る。
サンタさんへ
さぞかしお疲れでしょう。
このクッキーで疲れを癒してください。
リン
和紙で、しかも筆で達筆に書いてある。
ガーゴは見ていて恐れ多かった。
そして、横にはアーモンドが香ばしいクッキー・・・・
罠の可能性がある、という基本的なことをガーゴは完全に忘れていた。
「素手で軍隊ひとつをつぶした奴だと聞いていたがこんな優しい奴だとは、ガーゴ、いただくぞ」
魔王はそう言ってクッキーにありついた。
リンは素手で軍隊をつぶす、追いはぎ癖がひどい、など魔王軍の中でも(特に幹部クラス)恐れられている。
先日もホワイトスノー軍の軍団長である「銀狼」をボコボコにして殺し、持っていたものをすべてぶん取ったと聞く。
そんなリンが外来者に対してこんなに優しい奴だとは誰が思っただろう。
にわかに信じがたい光景が、そこにはあった。
「・・・あ、はい、ありがたく頂戴しましょう」
ガーゴもクッキーにありつくことにした。
クッキーはサクサクとしていて、アーモンドの香りが口の中で広がり、非の打ち所のない味だった。
「うっ・・・・・」
しかし、食べた直後、ガーゴは体に異変を感じた。
関節が痛くなり、徐々に体が痺れていくのを感じた。
まさか・・・・・罠?
「ま、魔王様、・・・体がッ・・・」
ガーゴはこんな初歩的な罠にかかり、不覚に思った。
どんどん体が痺れていく。
「ふっふっふっ・・・・かかったわねサンタクロース」
そのとき、テントの入り口から怪しげな声がした。
見ると、目のところが光っている感じがした。
「そのクッキーは痺れ薬入りなのよ」
リンというチャイナドレスを着た女が現れ、うずくまっているガーゴを見てニヤッとする。
これから2人に待ち受ける運命は誰もが一瞬にして分かるであろう。
やはり、彼女は正真正銘の追いはぎだった。
「本当はブルース君にかかってもらってあんなことやこんなことをしようとしたんだけど・・・」
ここでリンのあんなことなどは突っ込んではいけない。
リンの目はどんどん物欲で輝きを増していく。
「まぁいいわ、衣服とお前達の持っているプレゼントの袋とクッキー代を戴く!!」
そう言ってリンは豹のようにしなやかにおびえる魔王とガーゴに飛びついた。
魔王はその場で結界を張って、防御した。
「ガーゴ!煙球だ!逃げるぞ!!」
「はっ」
2人はそんなやり取りをし、ガーゴは痺れた体を最大限に使って煙玉を投げた。
ぼわっ、と白色の濃い煙が拡散する。
「あっ!待てコラ!!クッキー代返せー!!」
後ろからそんなリンの声がした。
魔王とガーゴは必死になってその場から逃げ出した。
「なんて野蛮な奴らだ・・・・」
リンが追ってこないことを確認して、魔王は呟いた。
少しづつであるが、痺れ薬が効いてきた。
関節が、動かす度に痛くなる。
そんな痛みを我慢しながら、2人は次のテントに向かった。
「魔王様、プレゼントを置いたらさっさと部屋を出ればよろしいのでは?」
テントに入る前に、ガーゴが提案した。
今までの経験から、絶対ロクなことが待っていない。
てか、もうこんなロクでもないことはコリゴリである。
ガーゴはそう思ってならなかった。
「うむ・・・そうだな・・・」
魔王もこの提案に対してすんなりと了承した。
やはり魔王もガーゴと同じことを考えていたに違いない。
下手をしれば2人そろって討ち取られ、魔王軍が壊滅になる。
ここは安全に置いたらさっと去る、そういう方法をとるのが上策だろう。
魔王がその点を心の隅に置き、テントの中に入った。
「おや、こんな夜に何のようですか。おかしな格好の方」
テントの中に入るとルファという名のエルフの男と、ミドリという名のアマゾネスの女がいた。
ルファが2人の服装を見て、不思議そうに見つめている。
まさか・・・・こいつら・・・・・
2人の中で、一種のどよめきが起こった。
「お、おかしな格好とはなんだ!サンタクロースだぞ!クリスマスだぞ!」
絶対無い、あってはならない。
クリスマスって言うのは誰もが知っている行事なのだ。
彼らはただボケをかましているのか、忘れただけかどっちかなのだ。
魔王はそう思って、必死で弁解する。
「さんた・・・聞き覚えがありませんね。ミドリさん、貴女の知り合いにクリスマスという方はいますか?」
あぁ・・・・
2人は重大なことに気づいた。
この2人は人間じゃねぇ。
エルフとアマゾネスなんだ、
クリスマスは人間だけの行事だった。
その瞬間、2人は落胆した。
「はあ?知らねえな。ていうか後ろの奴、ガーゴイルじゃねえか?」
ミドリがそういってガーゴを凝視する。
ガーゴは一瞬びくっと震えた。
バレた。
やっぱり、眼力の強いアマゾネスにはこんな変装は無駄だった。
「わ、わ、わたしはまお・・・サンタクロース様にお使えするトナカイです!」
ここではい、と了承するのは余計にマズいのでガーゴはしどろもどろになりながら、必死で否定した。
ここで正体をバレれば、本当に大変なことになる。
どうにかして見過ごさせなければならなかった。
「おお、トナカイ!」
ミドリはそういって目を光らせた。
興味がそっちに移ったのだろうか。
よかった、とガーゴがほっと一息をつく。
「トナカイってぇと、確か食えたよな?ルファ」
ミドリがそういってルファに尋ねる。
「そうですね・・・丁度お腹もすいてきました」
ガーゴはこの一連の会話を聞いてどんどん体から血の気が引いていった。
ルファがそういって目を光らせたのは絶対見間違いなんかではない。
先ほどのミドリの目が光った意味が分かったとき、ガーゴはがたがたと震えていった。
「ちょ、ちょっと待った。」
魔王がそういってルファとミドリを静止させようとする
さすがにこの一連の流れに魔王もこの後何が起こるのかはっきりと予想できた。
「よーし、それじゃあ・・・」
そういってミドリが近くの斧を手にとる。
ミドリから狩猟の気が感じとれた。
先ほどの魔王の話など、これっぽっちも聞いていない。
「大丈夫ですよ、残りは腐らないよう冷凍保存して差し上げますから」
ルファが2人に追い討ちをかけるように氷のように冷たい笑みを浮かべる。
ガーゴの震えは、限界に達した。
このままでは、食われる。
「AAAAAAAAAAAAAGH!!!こっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガーゴはたまらんばかりにテントの外に出た。
ガーゴの必死な叫びが夜空をこだまする。
こうなると魔王もつられてガーゴを追う。
「おりゃああああっ!!!」
ミドリがさらにその後を、斧を振り上げて追いかけた。
結局ガーゴは1時間近くミドリによって執拗に追いかけられたのであった。
後編に続く・・・・